『たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する』


たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する


18世紀のフランスの数学者ダランベールは、2個のコインコイン投げについてこう考えた。2個のコインを投げたとき、表が出る数は0か1,2のいずれかである。結果が3つあるから、それぞれの結果に対する確率は3分の1である。(中高生のみなさん、ダランベールは間違っています。テストに同じ答えを書かないように)

一方、三平方の定理素数が無限にあることの証明はイエス・キリスト生誕以前になされたにもかかわらず、確率問題でこうした誤りが生まれるのは、本書に紹介されているように「われわれの脳は確率問題をやるようには、あまりうまく配線されていない」ためだ。

例えばこんな問題が本書で紹介されている。(意味を損なわないように本書での表現を変え、答えを強調表示した)

子どもが二人いる家族で、子どものうちのひとりが女児である場合、二人とも女児である確率はいくらか。
 答え 3分の1
子どもが二人いる家族で、子どものうちのひとりがフロリダという名前の女児である場合
,二人とも女児である確率はいくらか。
 答え 2分の1

にわかには信じがたい答えであるが、丁寧な解説が本書に載っているので、そちらをみてほしい。直観で確率の問題が解きにくいことがうかがえる。
この双子の性別についての議論であれば、頭の体操というとらえ方もできるが、確率の誤用あるいは、悪用によって刑事裁判で、有罪判決を受けた人間もいるとなれば、おだやかでない。

1964年にロサンゼルスで発生した窃盗事件で、犯人はブロンドの白人の女と口髭と顎髭を生やした黒人の男で、部分的に黄色い車で逃走したことが目撃された。後日、窃盗犯と特徴が合致するコリンズ夫妻が逮捕されたが、目撃者はコリンズ夫妻を犯人と同定することができなかった。
 そこで、検察側は数学講師を証人として呼び出し、犯人が持つ6つの特徴、ひとつ一つの確率について下表のように証言させた。

           
特徴確率
部分的に黄色い車1/10
口髭をつけた男 1/4
顎髭をつけた黒人 1/10
ポニーテールの女 1/10
ブロンドの女 1/3
車の中の異人種のカップ 1/1000

全ての確率を掛け合わせると、これら全ての特徴に一致するカップルの確率は1200万分の1という結論になる。したがって、容疑者のカップルが無実であるという確率は1200万分の1*1あると推測できると、数学講師は証言した。陪審員はそれを受け入れ、コリンズ夫妻を有罪とした。
 この説明はどこがおかしいか。数学講師が示した確率は、ランダムに選ばれたカップルが容疑者の特徴と一致する確率であって、容疑者の特徴と一致するカップルが、罪を犯したカップルである確率ではない。犯行現場の近辺には、容疑者の特徴と一致するカップルが2,3組いるだろう。したがって、容疑者の特徴と一致するカップルが、罪を犯したカップルである確率は2分の1か3分の1だ。結局最高裁判所はコリンズ夫妻の有罪を覆した。

本書は、飛ばし読み、ななめ読みで理解できる代物ではないが、文章は軽妙であり、それほどの負担なく、読める。楽しく頭を使いたい人にお勧めだ。

*1:この過程にも誤りがあって、実際はもっと確率は高いことも指摘されている。