謝罪がそもそもの問題なのだろうか。

 朝日新聞慰安婦報道検証を取り上げた「池上彰の新聞ななめ読み」が掲載拒否され、一転して掲載された。
http://www.asahi.com/articles/ASG935H4GG93UPQJ008.html
 あえて、掲載拒否するような内容ではない、というのが第一印象。一応朝日新聞の姿勢について、批判しましたよ、という毒にも薬にもならないような薄い内容だ。掲載にあたって、朝日新聞と池上氏とのやり取りの中に問題があったのか。

 推測はおいておく。
 コラムは内容は以下の引用部分に集約される。

過ちがあったなら、訂正するのは当然。でも、遅きに失したのではないか。過ちがあれば、率直に認めること。でも、潔くないのではないか。過ちを訂正するなら、謝罪もするべきではないか。

 さらっと読めてしまうが、それでは朝日新聞が謝罪するとして、誰に向かって何のために謝罪するのべきなのか、分からない。

 また、「池上彰の新聞ななめ読み」は、新聞各紙を比較するというのがもともとの内容なのだから、松本サリン事件やSTAP細胞についての誤報を各紙が訂正や謝罪をどうおこなったのか、あるいは従軍安婦について各紙の報道を比較し論じれば、コラムの趣旨にも合致し、内容の広がりもあったのではないか。
 最後に言っておくと、朝日新聞を叩いている人々は、謝罪してもらいたい訳ではなく、従軍慰安婦問題は人権侵害ではないという考えをもって欲しいのだと思うよ。