老人の思い出話は全て正しいとは限らない〜『永遠の0』

 百田尚樹氏の『永遠の0』が映画に引き続き、テレビドラマ化されるそうな。

原作については、立ち読みでも、特攻への賛美や、戦後社会への嫌悪が目立っていたのと、作者の言動に好感が持てずに身銭を切っての購入をためらっていたのだが、この度、本を入手して読むことができた。

 読んでみたのだが、この本、戦争観がどう、というより、太平洋戦争の歴史や、軍事について誤りがいくつもあるのだ。
 『永遠の0』は孫たちが旧日本海軍パイロットであった祖父の宮部久蔵のことを彼の祖父から聞くというかたちで物語が進行するのだが、その語り部たちは宮部のことだけではなく、太平洋戦争の歴史まで語るのだ。その語り部たちの語る太平洋戦争についての説明が、なんともおかしなものが混じっているのだ。

『永遠の0』は、フィクションであり、史実であるかは問題でない、という見解もあるだろう。例えば、この意見のように

暴れん坊将軍をみて「徳川吉宗を愚弄している!」とか、馬鹿馬鹿しいのと同じ水準だと思う」

 もちろん、歴史小説や時代劇が史実そのままでなければいけない、というわけではない。しかし、史実から離れるのは、それなりに必然性がなくてはいけないだろう。また、うんちく部分に誤りがあるのは大問題だ。
 
 あるいは、『永遠の0』は、命を懸けて日本のために戦った軍人であっても、年とともに記憶があいまいになって、誤った知識を持ってしまうということを描写する手の込んだ小説なのかも知れない。それならば、百田氏は、どこかでフォローを入れるべきだろう。太平洋戦争についての書籍は、『永遠の0』以外読まないという人間もいるのだから。
 

零戦は世界最高速度の飛行機だったのか

まず、主人公とも言ってもいい、零式艦上戦闘機についてこんな台詞が出てくる。(文庫版p68)

零戦は素晴らしい飛行機でした。何より格闘性能がずば抜けていました。すごいのは旋回と宙返りの能力です。非常に短い半径で旋回できました。だから格闘戦では絶対負けないわけです。それに速度が速い。おそらく開戦当初は世界最高速度の飛行機だったのではないでしょうか。つまりスピードがある上に小回りが利くのです。

 零戦が小回りが利いたというのは、よく聞く話だが、最高速度の飛行機だったというのは、はじめて聞く話だ。当時の戦闘機の最高速度を表にしてみた。初飛行年月は、表に掲載したサブタイプのものではなく、その機種全体での初飛行の年月である。

零戦21型P-38LP-40EP-39QF4F-4スピットファイアMk VB
最高速度533.4km/h667 km/h580 km/h605 km/h515km/h595 km/h
初飛行1939年4月1939年1月1938年10月1938年4月1937年9月1936年3月

 これらは、カタログ値であるし、機種によって測定方法も異なる。しかし、これを見たら零戦が世界最高速度の飛行機だった、とは言えない。さらに気付くのは、太平洋戦争初期に零戦が戦った連合国の戦闘機は、零戦より古いということだ。『永遠の0』では零戦のことを、「世界最高水準の戦闘機」と称賛しているが、登場時期のアドバンテージも考えなければいけないだろう。
 『永遠の0』も他の零戦ものと同じように、最初は優勢だった零戦も、米軍の新鋭戦闘機におされて・・・という流れになっている。米軍の新鋭戦闘機として下の3機種が挙げられている。

F4UF6FP-51
初飛行1940年5月1942年6月1940年10月

 おどろくのは、3機種のうち2機種は日米開戦前に初飛行していることだ。残り1機種も、開戦後半年程度の時期に初飛行している。『永遠の0』を読んでいると、米軍の新鋭戦闘機は零戦に対抗して登場したような印象を受けるが無論、そんなことはない。


米国に零戦と互角に戦える戦闘機は存在しない?

 米軍がアリューシャン列島のアクタン島に不時着した零戦を回収し、テストを行った挿話について文庫版p216に書いてある。

米軍の航空関係者はテストの結果に愕然としたと言われています。イエローモンキーと馬鹿にしていたジャップが、真に恐るべき戦闘機を作り上げていたことを知り、驚いたのです。そして彼らは、現時点において零戦と互角に戦える戦闘機は我が国には存在しないということを認識したといいます。それは彼らにとって恐るべき答えだったようです。
 しかし米軍は同時に零戦の弱点も見抜きました。防弾装備が皆無なこと、急降下速度に制限があること、高空での性能低下などです。

どうでもいいが、「現時点」とか「我が国」とか分かりにくい表現は、文章作法上どうかと思うぞ。1942年時点とか、米国と書くべきだろう。
 ちなみに米軍の報告書には「零戦と互角に戦える戦闘機は我が国には存在しない」などとは書いていない。確かにF4Fの性能が、零戦に劣ると認識していたようだが、P-38やF4Uは、零戦より遥かに優れた面があると考えていた。
 「急降下速度に制限があること」とあるが、急降下速度に制限のない飛行機なんてあるのだろうか。「高空での性能低下」というのは、「高速域での運動性能低下」ではないかと思うのだが。零戦は高速を出しているときは、動きが鈍くなるので、米軍は高速を維持しつつ戦うという対策をたてている。

 
『永遠の0』では零式艦上戦闘機についての台詞の後に、珊瑚海海戦やミッドウェー海戦についての回想が続くのだが、驚くような、また突っ込みどころの多い記述がいくつもある。これについては、記事を改めたい。

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