頼むから外国語に翻訳して世界に拡散しようなどと考えないでくれよ。〜「朝日新聞「慰安婦報道」に対する独立検証委員会」の報告書

朝日新聞慰安婦報道」に対する独立検証委員会」という組織は、朝日新聞の「慰安婦報道検証 第三者委員会」とはまるで関係のないものだが、報告書を出したというので見てみた。
http://www.seisaku-center.net/node/826
 まあ、池田信夫氏の著作が参考文献にされていることで、中身がわかるというものだが、吉田証言と朝日新聞の影響力をここまで過大に評価し、従軍慰安婦問題で生じた外交問題の責任をこのふたつに押し付ける主張のオンパレードだ。
他にも従軍慰安婦問題についての、海外での論調について、おかしなことを書いている。

 オランダ人女性に関わるスマラン島事件などは例外的な逸脱行為であり、米軍イラクアブグレイブ収容所での看守兵乱行と同様の事象である。いずれも唾棄すべき事件だが、軍による組織的行為ではなく、上層部が知るに至って止めさせている。特に米国人には、「スマラン」は「アブグレイブ」だと言えば、共通の土俵を設定しやすいであろう。(p73)

 第一、スマラン島というのはどこにあるのか。おそらく、インドシナかどこかにある想像上の島なんだろう。
 まじめに書くと、報告書のこの部分を書いた島田洋一氏も加わって、2007年にワシントン・ポスト紙に意見広告をのせたが、その時も「スマラン事件」とあやまっていた。このことは、吉見義明氏の『日本軍「慰安婦」制度とは何か (岩波ブックレット 784)』でも指摘されていたが、読んでいないんだろうな。
「スマラン」は「アブグレイブ」みたいなものだ、と米国人に説明したら、やはり、軍による組織的な人権侵害なのだな、と思われるか、おれたちは自ら軍法会議で責任者を裁いたのだ、責任者をほとんど処罰しなかった日本軍と一緒にするなと言われるか、いずれにしても、島田洋一氏が期待するであろう「何だ。大した事件ではなかったのだな」といった類いの反応は得られない、と思う。こんな主張をしたら、右派の皆さんが大好きな日本の「国益」が損なわれてしまうよ。

比較的最近の記事では例えば、ワシントン・ポスト2012年12月11日付に、《日本最大部数の読売新聞が社説で日本が性奴隷を強制的に募集した証拠はないと書いた》とする記述がある。「性奴隷」との規定は問題だが、ともかく事実を発信すれば海外にも伝わるという一例だろう。(p79)

上で述べられているワシントン・ポスト紙の記事はこれだろう。「河野談話」、「村山談話」が日本のナショナリストの怒りに火をつけた、という論の後に続いている。

Recently, some of the most inflammatory comments have come from the mainstream ― particularly on the topic of sex slaves used by the Imperial Army. The Yomiuri Shimbun, Japan’s largest newspaper, wrote in an August editorial that there is “no evidence” that Japan had forcibly recruited sex slaves, known euphemistically as comfort women. But that viewpoint goes against those of foreign governments, including the United States, where the House of Representatives in 2007 called on Japan to apologize for “officially commissioned” front-line sex servants in “one of the largest cases of human trafficking in the 20th century.”
拙訳
最近ではいくつかの扇動的な意見が、特に帝国陸軍に使われた性的奴隷の問題において主流になってきている。日本最大の新聞である読売新聞が、婉曲的に慰安婦として知られる性的奴隷を強制的に徴募したという「証拠はない」と8月の社説に書いた。しかし、その見方は「20世紀最大の人身売買の1つ」における「公式に委任」された従軍慰安婦について、下院が2007年に日本に謝罪することを求めたアメリカ合衆国を含めた外国政府の見解と相いれないものだ。

 いや、どう読んでも、日本で歴史修正主義がひろまっていることと、大手新聞社もそれに加担していること、のふたつが海外に伝わっているとしか思えない。島田洋一氏が期待するような「日本への理解」がある記事ではない。日本のことを正しく理解している記事とは思うが。
 もうひとつ

同じくワシントン・ポスト 2014年3月7日付の「性奴隷謝罪の再検証に動き、日本、地域を怒らせる」と題する記事も、慰安婦について、《家庭から強制的に連れていかれ(coerced from their home)、……日本兵との性交を強いられた(forced to have sex with Japanese soldiers)。ほとんどの女性が14歳から18歳の間だった》と誤認はあるものの、同時に河野談話について、《この謝罪は、日本軍が関与した証拠がないのになされた嘆かわしい政治的譲歩だと、日本の有力方面から、ますます侮蔑の念を集めている。この感情は、かつては極右的少数のものだったが、今や日本の主流となりつつある..............》と記している。
 こうした認識が海外で広がるなら、少なくとも「知日派」を自認する人々においては、「主流」を敵に回すような議論は安易にできなくなろう。 (p79)

 ワシントン・ポスト紙のこの記事がもとになっているが、これも日本の歴史修正主義のひろまりが対外的なあつれきを生んでいることを憂慮する記事にしか読めない。だいたい、従軍慰安婦の強制連行と強制労働があったと理解して書いている記事が、日本の歴史修正主義者へ親和的な記事のはずがない。「こうした認識が海外で広がるなら、少なくとも「知日派」を自認する人々においては、「主流」を敵に回すような議論は安易にできなくなろう。」と言っているが、歴史修正主義者がでかい顔をして横行している国になったら、まともにつきあってくれる国がなくなる、だけのことと思うが。

 池田信夫氏にもあてはまることだが、ソースとしてしめした文献や記事を、確かめる人間なんていない前提で、文を書く人間が少なくないというのはどうしてなのか、理解に苦しむ。読者を馬鹿にしているのか、それともまさか、参考文献を読解できていないのか。
 与太話を書くのは勝手だが、日本のことを「理解」してもらうために、外国語に翻訳して世界に拡散しようなどと考えないで欲しいとは思う。あまり、こういう言い方をしたくはないが、日本人の知的水準が、世界中で疑われることになる。