聞く耳を持っていないのだな

米国の歴史研究者らが公表した「日本の歴史家を支持する声明」について前回記事でとりあげたのだが、この声明に名を連ねた小山エミ氏が、声明についてシノドスに記事を書いていた。
世界の日本研究者ら187名による「日本の歴史家を支持する声明」の背景と狙い / 小山エミ / 社会哲学 | SYNODOS -シノドス-

もちろん、これだけの研究者たちの賛同を得るためには、さまざまな妥協が必要だった。署名の取りまとめを見た上でのわたしの印象だが、たとえば、多くの学者は自らの行動が政治的であると見られるのを嫌うので、直接安倍首相を批判する文言は含まないなど、政治色は可能な限り薄められた。本題でもないのに韓国や中国でも歴史がナショナリズムの資源として動員されていることや、米国も負の歴史に向き合うことに苦悩していることに触れられているのは、反日だとか日本叩きだと思われたくないためだろう。

また、研究者の中でも超大物と呼ばれる人たちは、日本の学界のみならず政官財の実力者とそれぞれ人脈的な繋がりがあり、反日的だと思われると今後の研究に差し障りが生じる恐れもある。そういった事情のなか、学問的に真摯でありつつ、なおかつ政治の暴走を牽制しようとする、ギリギリのラインを狙ったのがこの声明だ。有名人は有名人なりに、かなりのリスクを背負ってこの声明に賛同している。>

 日本に配慮し、表現もマイルドにしたということだが、産経新聞などにとっては、読めない、もちろん日本語能力的にではなく、心情的に読めないらしい。

これを受けた産経新聞記事のタイトルが「慰安婦「20万人以上」明示せず 欧米研究者ら187人が声明 「中韓にも民族主義」と指摘」だ。下の箇所が一番言いたかったのだろう。

また、これまで責任の所在はすべて日本側にあるとしていた韓国側などの主張に対し、声明は「日本だけでなく、韓国と中国の民族主義的な暴言にもゆがめられてきた」としている。
慰安婦らが「女性としての尊厳を奪われた事実を変えることはできない」ともしているが、韓国側が「20万人以上」などと主張する慰安婦の数については、「恐らく、永久に正確な数字が確定されることはない」として明示を避けた。

 「責任の所在」の「責任」が何についてのものか分からないが、従軍慰安婦問題が発生した責任となったら、従軍慰安婦制度をつくった日本以外もあるというのは、なかなか通らないだろう。従軍慰安婦の数について、20万人以上と明記しなかったのは、日本側の勝利、といった記事の書き方だが、声明文ではこうなっている。

慰安婦」の正確な数について、歴史家の意見は分かれていますが、恐らく、永久に正確な数字が確定されることはないでしょう。確かに、信用できる被害者数を見積もることも重要です。しかし、最終的に何万人であろうと何十万人であろうと、いかなる数にその判断が落ち着こうとも、日本帝国とその戦場となった地域において、女性たちがその尊厳を奪われたという歴史の事実を変えることはできません。

「20万人以上」でなければ問題がない、という考えを明確な否定している。産経新聞としては、ここは読みたくなかったのだろう。この後に続く、以下の文も産経新聞の記事はふれていない。

歴史家の中には、日本軍が直接関与していた度合いについて、女性が「強制的」に「慰安婦」になったのかどうかという問題について、異論を唱える方もいます。しかし、大勢の女性が自己の意思に反して拘束され、恐ろしい暴力にさらされたことは、既に資料と証言が明らかにしている通りです。特定の用語に焦点をあてて狭い法律的議論を重ねることや、被害者の証言に反論するためにきわめて限定された資料にこだわることは、被害者が被った残忍な行為から目を背け、彼女たちを搾取した非人道的制度を取り巻く、より広い文脈を無視することにほかなりません。

「被害者の証言に反論するためにきわめて限定された資料にこだわる」という表現が気になったのだが、小山エミ氏の記事によると、外国の研究者に、右派がよく持ち出すさまざまな歴史資料付きの英文メールが届いているとのことだ。

しかしかれらが興味を持ってその資料を読んだところ、送り手の解説はことごとく一部だけを引用して都合よく解釈したものであり、全体を読めば日本軍の犯罪がよりいっそう根拠づけられる内容だった。一部のとくに好奇心旺盛な研究者らが研究対象が向こうからやってきてくれることを歓迎する一方、それ以外の多くの研究者はただ単純に迷惑していたが、いずれにせよ笑い話のネタにはなっているようだった。

まるで「相対性理論は間違っている」という手紙を物理学者に送り付けるニセ科学信奉者みたいで、泣けてくる。