判決要旨を読んでみた。求刑の懲役16年を上回る懲役20年の判決

http://www.47news.jp/CN/201207/CN2012073001002297.html// 大阪市平野区の自宅で当時46歳の姉を刺殺したとして、殺人罪に問われた無職A(元記事では氏名)被告(42)の裁判員裁判で、大阪地裁は30日、求刑の懲役16年を上回る懲役20年の判決を言い渡した。  判決理由で河原俊也裁判長は、約30年間引きこもり状態だった被告の犯行に先天的な広汎性発達障害の一種、アスペルガー症候群の影響があったと認定。その上で「家族が同居を望んでいないため社会の受け皿がなく、再犯の可能性が心配される。許される限り刑務所に収容することが社会秩序の維持にも役立つ」と量刑理由を説明した。

上記の検察の求刑を上回る懲役20年の大阪地方裁判所判決について、いくつも批判的論考の記事があがっており、屋上、屋を架するかも知れないが、判決要旨がアップされていたので、掲載いただいた方に感謝しつつ、自分の考えを述べたい。
http://www.jngmdp.org/wp-content/uploads/20120730.pdf

本件犯行の動機の形成に関して、被告人にアスペルガー症候群という精神障害が認められることが影響していることは認められる。

えっと、アスペルガー症候群発達障害のひとつに分類されていたと思うが、精神障害でもあるのだろうか。それとも、アスペルガー症候群の二次障害としての精神障害と言いたいのだろうか?

(前略)最終的には自分の意思で本件犯行に踏み切ったといえるのである。したがって、本件犯行に関するアスペルガー症候群の影響を量刑上大きく考慮することは相当でない。

つまりは、被告人はアスペルガー症候群によって、どうにもならず、犯行におよんだのではなく、自分の判断で姉を殺したということだよね。

第2 具体的な量刑
(中略)
2 すなわち、被告人は、本件犯行を犯していながら、未だ十分な反省に至っていない。確かに、被告人が十分に反省する態度を示すことが出来ないことにはアスペルガー症候群の影響があり、通常人と同様の倫理的非難を加えることはできない。しかし、健全な社会常識という観点からは、いかに病気の影響があるとはいえ、十分な反省のないまま被告人が社会に復帰すれば、そのころ被告人と接点を持つ者の中で、被告人の意に沿わない者に対して、被告人が本件と同様の犯行に及ぶことが心配される。被告人の母や次姉が被告人との同居を明確に断り、社会内で被告人のアスペルガー症候群という精神障害に対応できる受け皿が何ら用意されていないし、その見込みもないという現状の下では、再犯のおそれが更に強く心配されるといわざるを得ず、この点も量刑上重視せざるを得ない。被告人に対しては、許される限り長期間刑務所に収容することで内省を深めさせる必要があり、そうすることが、社会秩序の維持にも資する。 3 上記の評議の結果を踏まえると、本件においては検察官の科刑意見は軽きに失すると判断することもやむを得ず、被告人に対しては殺人罪の有期懲役刑の上限で処すべきであるとの判断に至ったので、主文のとおり刑の量定を行った。

ここでは、アスペルガー症候群が再犯を引き起こすように読めるのだが、自分の意思で犯行に踏み切る人間なら、自分の意思で犯行をしないということも可能だろう。

被告人は、本件犯行を犯していながら、未だ十分な反省に至っていない。確かに、被告人が十分に反省する態度を示すことが出来ないことにはアスペルガー症候群の影響があり、通常人と同様の倫理的非難を加えることはできない。しかし、健全な社会常識という観点からは、いかに病気の影響があるとはいえ、十分な反省のないまま(後略)

要するに

  1. アスペルガー者が本当は反省していても、定型発達者には、それを読み取ることが難しい。
  2. (アスペルガー者の)被告人は十分な反省に至っていない。
  3. 病気の影響もあって、十分な反省ができていない。
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それでは、1であるのに、どうして2のあるように十分な反省に至っていないことがわかったのか、まったく分からない。1と2の間に大きな空白がある。 さらには、「反省する態度を示すことが出来ない」と述べた直後に「病気の影響」で「十分な反省」ができていないと書いてある。このふたつは違う。「反省する態度を示すことが出来な」くても、本当は反省しているかも知れない。裁判所では、反省する態度を示せば、内心ではどうあれ、反省していることになるのだろうか。はたまた、ここで書いている「病気」はアスペルガー症候群とは別の病気なのだろうか。 私も仕事の一環で、裁判の被告になったことがあるのだが、(被告人じゃないよ)その時の判決文はもっと、論旨が明確でわかりやすかった。 まさか、裁判員が「障害者を野放しにするんですか」「刑務所を出た後、被告人が人をさしたら、あなた責任取れるんですか」などと、裁判官に詰め寄った結果、こんな判決になったのかな。 世間知らずの裁判官が支配する法廷に「世間の常識」を吹き込むというのが、裁判員制度のうたい文句のひとつだったが、この判決をみる限り、世間の非寛容と偏見を持ち込んでしまっている。

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