○○だから、普通の人間より努力しなければならない。

「○○だから、普通の人間より努力しなければならない。」という言い方をよく聞く。○○には、障害者であったり、少数民族であったり、マイノリティが入るのだが、事実として、マイノリティはマジョリティと同じ努力をしても、その成果がマジョリティよりも劣りがちなのは確かである。マイノリティが、マジョリティ以上の成果を得るために、マジョリティ以上の努力をするのは、戦略のひとつとして正しいし、個人的な発憤材料とするのも悪くない。

しかし、マイノリティが余計な努力を強いられるという状況に疑問を持たないまま、前述の言葉を発するのなら、それは、平等を否定する言葉と変わらない。スタートラインが後方に引かれている、あるいは障害物だらけのコースを走らされている人間がいることを、示している。

「結果の平等ではなく、機会の平等を」、「努力が報いられる社会に」というスローガンが唱えられるようになって、久しいが、スタートラインをそろえ、特定のコースだけに障害物があれば、それを排除する。それは「結果の平等」を実現するより、遙かに困難だろう。