嘘つきは事実でないことを語るが、事実でないことを語る者が嘘つきであるとはかぎらない。
かつてテレビドラマ版『永遠の0』を妻と観ていたとき、彼女が言った。「あの二人乗りの零戦は、どうして自爆するの」。もちろん、それは、爆撃機であって、彼女にとって太平洋戦争中の日本軍の航空機は全て「零戦」なのであった。このエピソードを思い出したのは、下のようなツィートを見たからだ。
子供の頃、お年寄りから戦争の体験を語ってもらうというおきまりの授業を何度か受けたことがあって、「B-29に機銃掃射された」という証言がいくつかあったことから、大戦中の米軍パイロットの操縦技術がたいへんに優れていたか、あるいはおじいちゃん達が話をでってあげていた可能性がある。
— Janek Chenowski (@chenowski) 2015, 6月 8
↓これはよくある話(オーラルヒストリーで当事者の証言が混乱する)で、たとえ証言といえどもそのまま信じ込んではいけないのと同じく、「B-29に機銃掃射された」という話でも「B-29が機銃掃射するわけないだろ。捏造乙」と門前払いしてはいけない理由でもあります
— こなたま(CV:渡辺久美子) (@MyoyoShinnyo) 2015, 6月 17
その当時の日本人、その証言者にとって「空を飛ぶ米軍機」はすべて「B-29」だった可能性を捨ててはならないのよ。今だって軍艦は全部戦艦、軍用車は全部戦車っていう人いる
— こなたま(CV:渡辺久美子) (@MyoyoShinnyo) 2015, 6月 17
B29から機銃掃射を受けたという証言を、そんなのあり得ない、証言者は信用できない、とするか、証言者のいう「B29」とはボーイング社の4発爆撃機ではなく、「空を飛ぶ米軍機」の総称である可能性があって、証言を門前払いできないと考えるか.
私は後者の考えが正しいと考える。
従軍慰安婦が「ジープ」に乗せられたという証言も似た話だが、*1軍事兵器についての知識は、生活に必須のものではないのだ。軍事兵器の種類や型式を正確に答えられる方が、むしろ不思議だ。大日本帝国にはジープなんてなかった!といっている人間の中にもウェポンキャリアを「ジープ」と間違えたり、M36ジャクソンを戦車という人間が少なからずいると思うぞ。
さらに、そうした証言に含まれている、あえて言えばささいな誤りをあげつらう人々は、そうした誤りがあれば、証言全てが虚偽として葬りされると考えているようだが、これは全く奇妙なことだ。冒頭に書いたエピソードで言えば、テレビドラマ版『永遠の0』には、「二人乗りの零戦」は登場しない、従って私の妻が、テレビドラマ版『永遠の0』を観たというのは、嘘だ、と主張するようなものだ。
もちろん、証言者の属性から犯すはずがないという誤りが、証言に含まれているから、証言者が身分を偽っている、あるいは、証言は虚偽である、と判断すべきときもある。父はカメハメハ大王の末裔、母はエリザベス女王の妹の夫のいとこ、自分は米海軍のパイロットと自称する男が、ファントムに乗ってサダム・フセインの基地を偵察する、と言ったら、「F-4は米海軍から退役している」と指摘すべきだろう。
しかし、民間人が機銃掃射してきた米軍機をB-29と思っていたり、ジープを軍用自動車の呼称と思っていても、不思議なことではない。彼、彼女の話が嘘だという根拠にはなりえない。