『エトロフ発緊急電』

以前紹介した『ネプチューンの迷宮』の作者、佐々木譲による「太平洋戦争三部作」のひとつ。真珠湾攻撃を巡る日米の諜報戦を描いた本作は、『エトロフ遥かなり』というタイトルで1993年、NHKがドラマ化した。

ドラマでは原作通り、登場人物のひとりの背景として南京で日本兵に恋人を虐殺されたとか、朝鮮半島出身の(米国側)諜報員の、「わたしたちは祖国を滅ぼされ、家族を引き裂かれ、名前も言葉も奪われたんですよ。わたしは、この国を滅ぼすためなら、どんなことだってやりますね」という血を吐くような台詞もあった。こうしたドラマを現在のNHKが作成できるか、こころもとない

ドラマで印象的だったのは、真珠湾攻撃に向かう日本の空母機動部隊が、霧をついて択捉島の単冠湾に集結する場面だ。(文庫判の表紙も、単冠湾の空母、戦艦や海防艦だ)真冬の光景のように見えたが、北の島だからで、史実では11月22日のことだ。

このことを思い出したのは、櫻井よし子氏が、『週刊新潮』1月22日号のコラムにこんなことを書いてたからだ。

日本に事実上の最後通牒であるハルノートを突きつけたのは41年11月26日だが、そのときも、ハルもルーズベルトも、アメリカが日本を追い込んだことは語っていない。ハルノートの内容が、それ以前の7か月にわたる日米交渉の内容をはるかに超える厳しいものであり、日本政府は絶対にこの条件をのめないと彼らが確信していたことも隠し通された。

 この後に、アメリカが軍に警戒指示を出していたことを書き、戦争を望んでいたことを強調するのだが、ハルノートが手交された時には、集結していた日本の空母機動部隊は単冠湾から出撃し、ハワイに向かっているのだ。それまで我慢に我慢を重ねてきた日本が、ハルノートを見て、浅野内匠頭よろしく堪忍袋の緒を切ったわけではない。アメリカ側が何が何でも平和を望んでいた訳ではないだろうが、日本側の戦争への行動にも触れないと公正とは言えないだろう。
 そもそも、日本は事変とは称しても、中国と事実上の戦争をしており、これが日米交渉の大問題だったのだが、櫻井よし子氏は日中戦争がどう決着するべきだったと考えているのだろうか。