ビジネス本じゃないよ。〜『いつも「時間がない」あなたに:欠乏の行動経済学』

センディル・ ムッライナタンとエルダー・ シャフィール『いつも「時間がない」あなたに:欠乏の行動経済学』はビジネス書ではない。日本語タイトルからは、「todoリストはこう使え」とか「会議は無駄防止のため、立ってせよ」といったノウハウが書かれた本に思える。実際、私はこの本を「ビジネス書・時間術」のコーナでみつけた。「いつも「時間がない」あなた」が、時間の欠乏を解決しようと、この本を読んでも即効性の解決方法を得ることはできないだろう。

"SCARCITY  Why Having Too Little Means So Much"という原題のこの本が主に取り上げるのは、時間の欠乏よりむしろ金銭の欠乏である貧困についてなのだ。
筆者がキーワードとして用いるのが、「処理能力」だ。

処理能力は計算する能力、注意を払う能力、賢明な決断をする能力、計画を守る能力、そして誘惑に抵抗する能力を示す。処理能力は、知能や学力検査の成績、衝動の抑制やダイエットの成功まで、あらゆることと相互に関連する。(p61)

 貧困者は、次々起こる課題に対処しなければならない、余裕のない生活をしている。本書ではジャグリングの例えを使っている。それは処理能力に過度の負荷がかかっているということであり、近視眼的になって、長期的な視点で考え行動することが難しくなる。それは、時間に追われ、焦っている人が、近視眼的になって、長期的な視点で考え、行動することが難しいのと同じことだ。処理能力も有限の資源なのだ。
 
 本書は、貧困者が怠惰で愚かに見えるのは、処理能力に過度の負担がかかっているせいだと述べる。それらの貧困者のネガティブな印象は、貧困の原因というより結果なのだ、と。単に思いつきのアイデアではなく、困難な金策について考えさせらた後は、知能テストの成績が悪化する等の実験結果が紹介される。
 
 また、貧困への対策も、処理能力への負荷を考慮しなければならない、と述べる。公的給付金の申請書を整え、申請するのは処理能力に負荷がかかることで、その負荷が大きすぎることで最も貧しい人びとが、脱落してしまう恐れを指摘する。

 日本でも、様々な社会的給付を受けるために、役所の窓口に行って、自らがその給付を受ける資格があることを証明する必要がある。中には申請を断念させるのが目的か、と勘繰りたくなるような、証明の要求もある。そうした手続きを厳格化すればするほど、より困っており
より給付が必要な人間が、給付の対象から漏れる恐れがあるだろう。