市民が30万人殺されたのが南京事件?〜藤岡信勝氏のとても狭い虐殺の定義

前の記事ふたつで、藤岡信勝氏の南京事件否定論について書いたが、藤岡氏の南京事件の定義は独特のものだ。

 過去15年間の南京研究の成果を要約するのは簡単ではない。もし、その結論をひとことで表すとすれば「南京戦はあったが、『南京虐殺』はなかった」というものである。この命題は非常によく出来ていて、私が監修したパンフレットのタイトルにもなっているのだが、この命題に南京事件に関わるすべての論点を解明するカギがあるといえる。

 この命題のもとでは、南京事件に関わるどんな話題でも、「それは南京戦に属するテーマなのか、それとも南京虐殺に属するテーマなのか」を判別することが求められる。「虐殺」とは武器をもたない非戦闘員を、根拠なしに武器を帯びた兵士が殺害することである。
(中略)
中国共産党南京事件の定義ははっきりしていて、「南京陥落後の1カ月半の間に、南京城内で非戦闘員の市民30万人を不法に殺害した」というものである。これが「虐殺」に関わるテーマである。

 それでは侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館のサイトの日本語解説を見てみよう。「中国の庶民と捕虜になった軍人30万余りを殺害した。」と書いてある。中華民国(台湾)の国軍歴史文物館のサイトにも「此一大規模劫掠、姦淫、屠殺行動,計死傷中國軍民竟高達30萬人。」と記され、いずれも非戦闘員に犠牲者を限っていない。
中国共産党南京事件の定義」というが、むしろこれは、藤岡氏による南京事件を否定するための南京事件の定義だろう。この定義から外れる「南京事件」は南京事件として認めない。この定義を満足する南京事件はない。従って南京事件はない、というわけだ。

 さらに「「虐殺」とは武器をもたない非戦闘員を、根拠なしに武器を帯びた兵士が殺害することである。」と藤岡氏は定義するが、これでは捕虜を殺したり、非戦闘員を殺しても根拠があれば(しかし、根拠とは何だろう)虐殺だと、とがめられない、ということになってしまう。しかし、藤岡氏の虐殺の定義からは外れるが、虐殺と呼ばれる事件はいくつもある。

例えば、1944年12月のバルジの戦いの中、ドイツ軍がアメリカ軍の捕虜を殺した事件は「マルメディ虐殺事件」と呼称されている。これも藤岡氏にとっては虐殺ではないのだろう。
米軍の騎兵隊が、アメリカ先住民を虐殺した1890年のウンデット・ニーの虐殺では、武器を手に抵抗した先住民もいたから、藤岡氏の定義では虐殺ではない。

一方的な暴力の行使による殺害が、虐殺と言われるわけで、犠牲者の属性によって、それが正当化されるわけではない。