神話教育の弊害

2015年2月、愛知県一宮市の市立中学の男性校長が、学校の(個人のじゃないよ)ホームページ上のブログに、神話に基づく日本建国の由来を書いた問題にからめて、産経新聞は、神話を教育せよ、という意見を載せている。

  1. 神話や建国記述「間違ってない」「感動した」 一宮市教委の注意で削除の中学校長ブログに激励(1/6ページ) - 産経ニュース
  2. 【主張】校長ブログ 神話や伝承から学びたい(1/3ページ) - 産経ニュース
  3. 「感動した」「削除必要なし」 中学校長「神話」ブログ削除の本紙記事 読者から多数の声(1/2ページ) - 産経ニュース
  4. 【産経抄】神話は国柄を示す 2月23日(1/2ページ) - 産経ニュース

 ざっと見るだけでこれだけある。1の記事に、発端となった校長のブログ記事が掲載されているが、紀元前7世紀に日本列島に国家が成立したとか、神武天皇が実在したとか、随分アヤシイ話を書いている。これが作り話だ、という前提で書いているならまだしも、明らかに史実として書いているのだから、たまらない。史実ではないことが、頭にあるなら、神武天皇は架空の人物だとか、大仙山古墳の被葬者は誰だか分かっていないとか、そもそも天皇の称号は、7世紀あたりに定められたものだ、とか釘を刺しておくべきことが欠落している。これが問題ではないのなら、創造論を学校で教えろと主張するアメリカの宗教右派を笑えなくなる。

このブログ記事で書き手の正気を疑ってしまうのが以下の部分。

このように、初代、神武天皇以来2675年に渡り、我が国は日本型の民主主義が穏やかに定着した世界で類を見ない国家です。  日本は先の太平洋戦争で、建国以来初めて負けました。しかし、だからといってアメリカから初めて民主主義を与えられたわけではありません。また、革命で日本人同士が殺しあって民主主義をつくったわけでもありません。 古代の昔から、日本という国は、天皇陛下と民が心を一つにして暮らしてきた穏やかな民主主義精神に富んだ国家であったのです。
 白村江の戦は敗戦に数えられていないようだ。*1当時の国号が日本でなかったからという論理なのかも知れない。冗談はさておき、「日本という国は、天皇陛下と民が心を一つにして暮らしてきた穏やかな民主主義精神に富んだ国家であった」というのは、仁徳天皇が、3年間免税したというエピソードを受けてのことだが、その程度で民主主義を名乗れるなら、似たような「名君のありがた話」がたくさんある中国も民主主義国家を名乗れるだろう。ただ、中国がそういう主張をしたら、身内に異常に甘い産経新聞は大いに嘲笑をぶつけると思う。 産経新聞は2の記事でこんなことを言っている。
市教委は「部分的に読むと史実と受け止められかねず誤解を招く」としている。しかし神話・伝承は、その時代の人々の生活や考え方を生き生きと伝えてくれる。「史実でない」「作り話」などと単純に否定せず、教える意義をもっと考えてほしい。
 『古事記』や『日本書紀』を「その時代の人々の生活や考え方を生き生きと伝えてくれる」というのは、ナイーブすぎる見方だ。大和朝廷にとって不都合な事実や、大和朝廷に征服された人びとの考え方が記述されているとは思えない。むしろ、大和朝廷にとって都合の良い考えを伝えるものだろう。神話を教えるにしても、それが史実でないこと、さらにはなぜ史実ではない神話が流布されたのか、セットで教えなければならない。  スティーブン・ピンカー『暴力の人類史』は、人類は長い年月の中で、暴力を減少させてきており、現在、最も平和で安全な時代に生きていることを述べる。暴力を減少させてきた要因のひとつに客観的な歴史研究があるという。
人類学者のドナルド・ブラウンは人類の普遍的性質についての調査に乗り出す前に、インドのヒンドゥー教徒が本格的な歴史研究という点で、隣の中国文明と違い、なぜこれほど対した功績を挙げていないのかを説明したいと思った。ひょっとしたら世襲カースト社会のエリートは、学者に歴史文書を嗅ぎまわらさせておいてはろくなことがないと思っていたのではなかろうか、とブラウンは考えた。そのうちに何かの拍子で証拠が見つかって、自分たちが英雄や神の末裔であるという主張を崩されてしまってはたまらないからだ。ブラウンは、アジアとヨーロッパの25の文明を調べた結果、世襲の階級に階層化されている文明が神話や伝説や聖人列伝を好む反面、歴史や社会学や自然科学、伝記や実写的な肖像画、そして平等な教育に対しては抑圧的であったことを発見した。もっと後世の例で見ても、19世紀と20世紀のナショナリズム運動は、売文家の一団を雇い入れ、自分たちの国の不朽の価値と栄光の過去をうたった上っ面だけの歴史を書かせていた。(下巻pp.480-481)
 産経新聞の主張は、逆コースを目指すものとしか言い様がない。  産経新聞の記事で最もおかしかったのが、下の部分。
受賞は逃したが米アカデミー賞の長編アニメ賞には、高畑勲監督の「かぐや姫の物語」がノミネートされていた。日本の伝統文化に国際的関心が高いことの表れでもあろう。国際舞台で活躍するにも自国の建国の由来などを知らなくては寂しく恥ずかしくはないか。国造りの物語などを魅力的に伝える機会を多くしたい。
 『かぐや姫の物語』では、天皇がセクハラ男として描かれていたが、産経新聞としては「反日左翼映画だ!」と激高するべきではないのではないだろうか。もしかして、映画を観ずに記事を書いたのか。 「自国の建国の由来などを知らなくては寂しく恥ずかしくはないか。」とは言うのだが日本の建国の由来を学ぶにしても、大和朝廷の主張ではなく、客観的な歴史研究の成果に基づいた説を学ぶべきではないか。  

*1:文禄・慶長の役も敗けてはないという考えだろうか。